Ⅰ 山と暮らす日々
群馬県北部――利根川の上流にそびえる奥深い山々は、四季折々の彩りを映し出す鏡のようだった。春になると新緑が濃く、夏は澄んだ川のせせらぎが遠くまで聞こえる。秋になると紅葉が山肌を燃えるように染め、冬は一面の銀世界に変わる。そんな自然に抱かれた小さな集落――「長野原(ながのはら)」。ここに生まれ育ったのが、主人公の川端(かわばた)ゆきだ。
ゆきは二十二歳になったばかりの若者で、父と母、そして祖父母と暮らす農家の長女だった。祖父は代々続く森の管理人、父は野菜と苔を混ぜて作る「山の味噌」の製造・販売を行い、母は子どもたちに里山の知恵を教える役割を担っていた。ゆきの幼い頃から、山の恵みと共に暮らすことが当たり前だった。朝、父と共に山道を歩き、野生の山菜を摘み、昼食後は山の中で牛の放し飼いをさせ、夕暮れになると祖父と星空を眺めた。
しかし、そんな暮らしは、やがて二つの影に覆われることになる。ひとつは、近年増加し続けるクマの数。もうひとつは、そこから生まれる「苦しみ」――生活の不安、経済の損失、そして心の棘だ。
Ⅱ くまの多さがもたらす不安
かつて北部の山々はクマの生息地としては限られた地域にしか見られなかった。狩猟や林業の影響で餌が減少し、クマは人里へと足を踏み入れ始めたのは、ここ十年ほど前のことだ。政府が実施した「クマ駆除計画」や罠の設置にも関わらず、クマは自らの縄張りを広げ、群れを作るようになった。特に、長野原の周辺は、森林が連なり、自然の食料が豊富であるため、クマの「避難所」となっていた。
ある秋のことだ。夕暮れ前に父が畑へ向かうと、トマトやきゅうりが貝殻のようにぼろぼろに噛みちぎられ、根元には大きな爪痕が残っていた。「まただ…」父はため息とともに土をかき返した。次の日、母が作業場に入ると、蜂蜜の瓶が転がり、甘い匂いが漂っていたが、蜂箱はぐちゃぐちゃに潰れていた。クマは甘いものに引き寄せられ、農作物だけでなく、はちみつまで手を出していたのだ。
最も衝撃的だったのは、ゆきの親友である中学二年の広田(ひろた)くんが、山道でクマに襲われた事件だった。広田は放課後、炭鉱跡の跡地で友だちと遊んでいたが、突然近くの茂みから大きな黒い影が現れた。一瞬で背後に立ち、恐怖に凍りついた広田は、必死に叫び声を上げたが、クマは彼の首筋を一口にかみ、逃げ去った。その後、救急隊が駆けつけたものの、広田は重度の頸椎損傷で意識不明の重体となった。
この事件は村全体に恐怖の波紋を広げた。農作業の合間に「熊注意」の掲示板が増え、夜になると家の窓は必ず二重ロックされ、子どもたちは外で遊ぶことを許されなくなった。やがて、山の恵みを活かした観光客も減少し、宿泊施設は客室を閉鎖せざるを得なくなった。長野原の経済は徐々に凍結し、苦しみは「見える」形で村人一人ひとりの心に染み込んでいった。
III 政府と住民の対立
クマ被害の拡大に対し、県は「安全対策の強化」として、山道の入口に赤い警告灯と「クマが出没しています」の看板を設置した。さらに、県警と森林警備隊は、夜間パトロールを増やし、電気フェンスや罠を設置した。しかし、村人の中には「クマは自然の一部であり、共生すべきだ」と声を上げる人もいた。特に、祖父のように長年山に親しんできた年配者は、クマを「山の神」だと崇め、無闇に殺すことに反対した。
「クマを追い出すだけじゃ、根本的な解決にはならない」――祖父は、暖かい炭火の前で家族に語った。「森の木が切り倒され、餌が減れば、クマは人里をうかがう。私たちがやるべきは、山を守り、自然と調和することだ」。
一方、父は野菜の販売が毎年減少し、家計は逼迫していた。「売り上げが減ると、森の保全もできなくなる。クマを徹底的に追い払わないと、もう食べていけない」――彼は黙々と畑の修復作業に打ち込み、夜になると近くの保安官事務所に報告書を書いた。
このように、クマの増加に対する対策は、保護と駆除の間で揺れ動く。ゆきは両者の立場を理解しつつ、自身が何をすべきかを考え始めた。
IV 山の神話と忘れられた記憶
長野原の山々には古くから「まつはんさま」と呼ばれる熊の神が祀られていた。伝説によれば、山の神は人々に豊作と狩猟の恵みを授ける代わりに、山の礼儀を守る者にだけ姿を現すという。祭りの夜には、木の枝で作った小さな熊の像が焚き火の前に置かれ、子どもたちが祭音に合わせて踊った。その時の笑顔と温かさは、ゆきにとっても忘れがたい記憶だった。
しかし、近年は祭りの開催自体が危ぶまれ、神社の祭壇は埃をかぶり、神社の境内に立てられた大きな木像すら苔むしていた。ゆきはそれを見るたびに、山と人の関係が崩れつつあることを痛感した。「まつはんさまが怒っているのかもしれない」――彼女はそう思いながら、森の奥へと足を踏み入れた。
ある晩、銀色の月光が木々の間に差し込み、ゆきは古びた祠へと辿り着いた。そこには、かつて村人が供えた食べ物の残りが散らばっていた。ゆきは手に持っていたはちみつ入りの団子を取り出し、祠の前に置いた。「まつはんさま、どうか私たちに…」――小さな声で祈ると、遠くで枝がざわめく音がした。まるで、山が彼女の声に応えるかのようだった。
V 苦しみの中の光
春が過ぎ、やがて収穫の時期がやってきた。長野原では毎年、山の恵みを祝う「山祭り」が開催されるはずだったが、昨年のクマ被害で祭りは中止となっていた。ゆきは、村の人々の不安を和らげるべく、何かできないかと考えた。そこで思い付いたのが、クマが好む「甘いもの」を使った「平和の儀式」だった。
祭りの前夜、ゆきは父と協力し、山の奥にある自然のはちみつと春の新芽を集め、特製の「くまの甘露」を作った。その甘露は、炭火でゆっくりと煮詰め、香り高い液体に変える。祭りの当日、広場の中央に大きな木のテーブルを用意し、地元の子どもたちと共に甘露をわけ合い、山の神に捧げた。
その晩、山の奥から、遠くの林に住むクマの群れがゆっくりと近づいてきた。大きな黒い背中が月光に照らされ、静かにテーブルの周りを歩いた。ゆきは心臓が跳ね上がるのを感じながら、甘露の小さな壺を一本、クマの前に置いた。「これで、私たちの暮らしと、あなたたちの暮らしが共に続きますように」――言葉にできない祈りを胸に、ゆきは手を合わせた。
クマは壺を嗅ぎ、舌で甘い液体を舐めた。その瞬間、群れのリーダーと見られる年長のオスがゆっくりと立ち上がり、ゆきの方を見た。目は深い茶色で、人間の眼差しに近い光を宿していた。リーダーはゆっくりと後退し、他の熊たちも続いた。
その様子を見た村人は驚きと安堵の表情を交え、拍手が沸き起こった。恐怖が薄れ、長野原の夜空に星が一層輝いた。
VI 傷は残るが、道は開く
翌朝、祭りは再び開催されたが、今年は以前とは違う形だった。祭りの中心には「くまの甘露」の瓶が置かれ、子どもたちはその瓶を囲んで歌を歌った。祭りの最後に、祖父は古い笛を吹き、山の神へ感謝の意を込めた。やがて、村人たちは自分たちの手で新たな「山の掟」を作った――「山の恵みは分かち合う」「クマが訪れたら音や灯りで知らせる」――この掟は、保護と共存の精神を示すものだった。
しかし、苦しみはすべて消え去ったわけではない。依然として、畑の一部は熊の爪痕が残り、農作物の収穫量は減少していた。夜になると、遠くでクマの鳴き声が聞こえると、心はざわめく。広田くんの意識は回復せず、事故の影は村全体に重くのしかかっていた。
ゆきは、毎朝山道で霧が立ち上がる中、父と共に木の根元を掘り返し、再び畑を立て直した。母は子どもたちに里山の知恵を教え、自然の声に耳を傾けさせた。祖父はかつての祭壇を修復し、毎月一度は「まつはんさま」の祈りを捧げた。政府は新たに「共生支援金」を設け、農機具や防災資材を提供した。クマの数は過去のピークを少しずつ下げ、山と村の境界線は徐々に落ち着きを取り戻した。
やがて、ゆきは自らの経験を語ることにした。村の若者たちに向けて、クマと共に生きることの難しさと、そこに潜む美しさを語りかけた。「苦しみは決して無駄ではない。その痛みが、私たちに自然と向き合う勇気をくれる。クマは私たちの敵でもあり、教え手でもある」――彼女の声は、風に乗って山々に届いた。
VII エピローグ 春の光
春の訪れとともに、長野原の山々は再び新緑に覆われた。ユキは山の中腹にある小さな池のほとりに座り、澄んだ水面に映る自分の姿を見つめた。そこには、かつての無垢な少女の顔と、今は深く刻まれた経験の痕跡が重なっていた。背後で、遠くの森の中から低く柔らかなクマの鳴き声が聞こえる。その声は、恐怖ではなく、自然の息吹そのものだった。
ゆきは小さく笑みを返し、胸の中で――
「苦しみは、山の影と共にある。でも、光は必ずそこにある」
――と呟いた。彼女の心の中にあったのは、もう恐怖ではなく、共生への希望だった。山と人、そしてクマ――すべてが織りなす糸は、やがて一本の光の帯となり、北部群馬の静かな朝日に照らされた。
―終―
(※この物語は創作であり、実際の出来事や実在の人物・団体とは関係ありません)






