各部門の設計負荷を調整するシーソーバランス手法を用いる

自動車開発におけるV&V(検証と妥当性確認)プロセス、特にNVH(騒音・振動・ハーシュネス)要件を上位から下位へ適切に分割する手法を解説しています。車体とパワープラントの境界であるHARDPOINT(ハードポイント)を物理的な指標として定義し、CAEシミュレーションを活用した数値ベースの要件管理を提案しています。

また、各部門の設計負荷を調整するシーソーバランス手法を用いることで、コストや重量のトレードオフを考慮した柔軟な開発戦略を可能にします。
最終的には、具体的なケーススタディを通じて、シミュレーションによる寄与度解析から実車での検証に至るまでの実践的なワークフローが示されています。

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HARDPOINT(ハードポイント)は、車両開発のV字モデルにおいて、上位要件をサブシステムへ適切に配分するための**「支点」**として機能し、物理的・機能的な境界を定義する極めて重要な役割を担っています,。

提供された資料に基づき、その役割と重要性を以下の3つの観点から詳述します。

1. V字モデル左側:要件カスケーディングの「支点」としての役割

V字モデルの左側(検証プロセス)では、車両レベルの上位要件(レベル1)をシステムやサブシステム(レベル2、3)へ科学的かつ数値的に分割する必要があります,。HARDPOINTはこのプロセスにおいて以下の役割を果たします。

  • シーソーバランスの支点: HARDPOINTは、車両全体の性能目標(例:NVH)を達成するために、「加振源(例:パワープラント)」と「伝達経路(例:ボディ)」の間で要件をバランスさせるための支点となります,。
  • 柔軟な配分戦略: 例えば、「厳しいボディ要件+緩いパワープラント要件」やその逆など、コストや技術的制約に応じて異なる組み合わせで同じ車両レベル性能を達成するための調整弁として機能します。
  • 数値ベースの定義: 位置(X, Y, Z)、剛性、力、動的特性などのパラメータを定義することで、主観的な判断ではなくデータ駆動型の要件配分を可能にします。

2. 開発の独立性と責任境界の明確化

HARDPOINTは、ボディとパワープラント(あるいはサスペンションなど)の間の物理的・機能的なインターフェース(例:エンジンマウント取付点)です。

  • 責任範囲の定義: HARDPOINTを境界とすることで、各サブシステムの担当チーム(ボディチームとパワープラントチームなど)の責任範囲と要件が明確になります。
  • 独立した開発の促進: インターフェース要件(例:マウント点での入力荷重やブラケット剛性)さえ満たせば、各チームは互いに干渉することなく独立して開発を進めることが可能になります,。これは並行開発における効率化に不可欠です。

3. V字モデル右側:検証(V&V)における測定ポイント

V字モデルの右側や検証フェーズにおいて、HARDPOINTは理論と現実を結びつける重要な測定点となります。

  • 共通の検証指標: HARDPOINTは物理的な取付点であるため、CAE(シミュレーション)と実機テストの両方で測定が可能です。これにより、CAEの予測精度を確認する「CAE-テスト相関」の重要な基準点となります。
  • 統合の保証: 各サブシステムがHARDPOINTでの要件(力や振動レベル)を満たしていることを確認することで、それらを統合した際の車両レベルの目標達成を論理的に保証します,。

重要性のまとめ

HARDPOINTの重要性は、単なる部品の接続点という意味を超え、**「車両全体の性能をサブシステムの具体的な工学目標に変換し、その達成を検証するための基準」**である点にあります。これにより、複雑な車両開発において手戻りを防ぎ、コスト・性能・開発期間の最適化が可能になります,。

シーソーバランスの3つの戦略とは、車両全体の目標性能(例:NVH/騒音振動)を達成するために、**「加振源(パワープラント)」「伝達経路(ボディ)」**のどちらにどれだけの負荷(厳しい要件)を配分するかを決定する手法です。

HARDPOINT(結合点)を支点とし、以下の3つのアプローチで要件を配分します。

1. 戦略A:ボディ最適化アプローチ

ボディ側の要件を厳しくし、パワープラント側の要件を緩和する戦略です。

  • 特徴: ボディの振動伝達率を低く抑える(固く、または減衰を大きくする)ことで、パワープラントからの入力(加振力)が大きくても許容できるようにします。
  • 有効なケース: **「マルチバリアント」**の開発に適しています。つまり、1つのボディに対して複数の異なる種類のパワープラント(エンジン等)を搭載する場合、ボディ側で振動を遮断できていれば、エンジンが変わるたびに大幅な対策をする必要がなくなります。
  • 具体的な配分例: パワープラント側の改善を小さく(例:-0.7dB相当)、ボディ側の改善を大きく(例:-1.8dB相当)設定するようなケースです(数値は逆の比率の例示ですが、概念として一方に偏らせるものです)。

2. 戦略B:パワープラント最適化アプローチ

パワープラント側の要件を厳しくし、ボディ側の要件を緩和する戦略です。

  • 特徴: エンジンやモーターの振動そのもの(加振源)を徹底的に低減することで、ボディ側の伝達率が高くても(構造が簡易でも)車内静粛性を保てるようにします。
  • 有効なケース: **「ボディの流用」**が多い開発に適しています。同じボディを複数の車種モデルで使い回す場合、入力源であるパワープラント側で振動を抑え込んでおけば、ボディ構造を変更せずに済みます。
  • トレードオフ: パワープラント側での対策(バランスシャフトの追加や精密なバランシングなど)が必要となり、エンジン単体のコストや重量が増加する傾向があります。

3. 戦略C:バランスアプローチ

両者に適度な要件を配分する、実務で最も一般的な戦略です。

  • 特徴: どちらか一方に極端な負担をかけず、技術的実現性とコストのバランスを取りながら目標を達成します。
  • メリット: コスト、開発期間、製造の実現可能性(フィジビリティ)を総合的に判断して決定されます。
  • ケーススタディでの採用: 資料内の事例では、コストと開発時間を考慮してこの戦略が採用され、パワープラント側で「-1.25 dB」、ボディ側で「-1.25 dB」と均等に近い改善目標が設定されました。

戦略決定における考慮事項

どの戦略を選ぶかは、以下の要因のトレードオフによって決定されます。

要因ボディ側重視 (戦略A)パワープラント側重視 (戦略B)
コストボディの制振材や補強コスト増エンジンのバランス機構や精密加工コスト増
重量制振材等で重くなるバランスシャフト等で重くなる
柔軟性複数のエンジンに対応しやすい複数のボディに対応しやすい
開発時間構造変更や解析に時間がかかるエンジンの熟成・調整に時間がかかる

このように、HARDPOINTを支点としたシーソーバランス戦略は、単なる数値合わせではなく、車両のプラットフォーム戦略やビジネス要件(コスト・納期)と直結した意思決定フレームワークとして機能します。

RecurDyn(マルチボディダイナミクスソフトウェア)を活用したCAE解析には、車両開発プロセス、特にNVH(騒音・振動・ハーシュネス)の要件定義において、以下の具体的なメリットがあります。

最大の利点は、主観的な判断ではなく**「データ駆動型の要件配分」**が可能になることです。

1. サブシステム寄与度の定量的な分離

RecurDynを使用することで、車内騒音などの全体応答を、**「加振源(パワープラント)の寄与」「伝達経路(ボディ構造)の寄与」**に明確に分離して解析できます。

  • 具体的な分析例: ケーススタディでは、RecurDynの寄与度解析機能により、「パワープラントがHARDPOINTで38.2 dB(A)を発生させ、ボディ構造がそれを4.3 dB増幅している」といった具体的な内訳を特定できました。
  • メリット: これにより、問題が「エンジンの振動が大きすぎるのか」、それとも「ボディの遮音性が低いのか」を正確に診断でき、適切な対策(シーソーバランス戦略)を決定できます。

2. HARDPOINTにおける力と挙動の正確な予測

RecurDynは、ボディとパワープラントの結合点であるHARDPOINT(ハードポイント)に作用する力や変位を、動的にシミュレーションできます。

  • 6自由度の解析: 静的な位置だけでなく、各HARDPOINTにおける6自由度すべての静的・動的荷重や振動振幅を算出できます。
  • 周波数応答: HARDPOINTから車内への伝達関数(周波数応答関数)を導き出し、特定の周波数帯域(例:アイドリング時の26.7Hz)での共振リスクを評価できます。

3. 高精度なモデル化(弾性体と非線形性)

単純な剛体解析にとどまらず、現実の車両挙動に近い詳細なモデリングが可能です。

  • フレキシブルボディ(弾性体): 車体を剛体ではなく弾性体(Flexible Body)として表現することで、ボディの曲げモードや局所的な変形を考慮した正確なシミュレーションが可能になり、試験結果との相関性を高めることができます。
  • 非線形特性の考慮: エンジンマウントのブッシュ剛性や減衰といった非線形特性や、接触挙動を含めた解析が可能です。
  • 複雑な入力: エンジンの燃焼力やクランクシャフトのアンバランス、路面からの入力など、実際の走行に近い加振条件を再現できます。

4. 仮想評価による「手戻り」の防止(フロントローディング)

ハードウェア(試作車)を製作する前に、仮想空間で様々な設計案を評価できます。

  • 代替案の比較: 複数のシーソーバランス戦略(ボディ重視か、パワープラント重視か)をシミュレーション上で比較検討し、コストや開発期間に見合った最適な配分を決定できます。
  • 目標達成の保証: 設計変更(例:バランスシャフトの追加やリブ補強)を行った際、それが最終的な車内騒音目標(例:40 dB(A)以下)を達成できるかを事前に検証できます。

このようにRecurDynは、単なる解析ツールではなく、**「車両全体の性能目標を、実現可能なサブシステムの工学要件へと論理的に落とし込むためのプラットフォーム」**として機能します。

資料のケーススタディ(アイドル時の車内騒音)において、RecurDynを用いた寄与度解析により、現状の車内騒音レベル 42.5 dB(A) の内訳として以下の具体的な数値が判明しました。

1. 騒音の構成要素(ベースライン解析結果)

目標値40.0 dB(A)に対し、現状は2.5 dB超過している状態において、その原因が以下のように分離されました。

  • パワープラント(加振源)の寄与: HARDPOINT(結合点)において 38.2 dB(A) の騒音エネルギーを発生させていることが特定されました。
  • ボディ構造(伝達経路)の寄与: HARDPOINTからの入力を +4.3 dB 増幅して運転席に伝えていることが判明しました(固体伝播音の寄与)。

【計算式】 $$38.2 \text{ dB(A) [源]} + 4.3 \text{ dB [経路増幅]} = 42.5 \text{ dB(A) [全体応答]}$$

2. 数値に基づく目標配分(バランスアプローチ)

この解析結果に基づき、全体で -2.5 dB の低減を達成するために、「バランスアプローチ(戦略C)」を用いて以下のように数値目標が配分されました。

  • パワープラント側の目標: 現状の38.2 dB(A)から -1.25 dB 低減し、36.95 dB(A) 以下に抑える。
  • ボディ側の目標: 現状の増幅量+4.3 dBから -1.25 dB 低減し、増幅を +3.05 dB 以下に抑える。

3. 対策後の検証結果

バランシングシャフトの追加(パワープラント側)やフロアパネルの補強(ボディ側)を実施した結果、最終的なシミュレーション値は以下のようになりました。

  • パワープラント: 37.1 dB(A)(目標36.95に対し許容範囲内)
  • ボディ増幅: +2.9 dB(目標+3.05に対し達成)
  • 最終車内騒音: 40.0 dB(A)

このように寄与度解析を用いることで、「音が大きい」という漠然とした問題が、「音源が38.2dBあり、ボディが4.3dB増幅している」という具体的な工学数値に変換され、的確な対策が可能になります。

提供された資料に基づくと、RecurDynなどで**弾性体モデル(フレキシブルボディ)を使用することで、剛体モデルでは捉えられない「構造の変形」や「振動モード」**が考慮され、解析精度が劇的に向上します。

具体的には、精度に以下の3つの大きな変化をもたらします。

1. 「CAEと実機テストの相関性」が向上する

剛体モデルでは部品が変形しない(無限に硬い)と仮定されますが、実際の車体は力を受けてたわんだり振動したりします。 資料では、CAEの予測が試験結果と一致しない(相関が取れない)という課題に対する解決策として、**「正確なボディ表現のためRecurDynのフレキシブルボディ機能を使用すること」**が推奨されています。これにより、シミュレーションが現実の車両挙動に近づき、予測精度が高まります。

2. 特定の周波数での「共振」や「増幅」が予測可能になる

弾性体モデルを使用すると、ボディの**モーダル表現(固有振動モード)**を解析に取り込むことができます。これにより、以下のような現象を正確に捉えることが可能になります。

  • 構造共振の特定: 例えばケーススタディでは、フロアパネルの「1次曲げモード」が28Hzにあることが特定され、これがアイドル振動(26.7Hz)と近接して共振するリスクが判明しました。
  • 固体伝播音の増幅: ボディが振動をどれだけ増幅して車内に伝えるか(伝達関数)を計算できます。資料では、ボディ構造がHARDPOINTからの入力を「4.3dB増幅している」という高精度な数値が導き出されています。

これらは剛体解析では計算できない要素です。

3. HARDPOINT周辺の「局所変形」を考慮できる

HARDPOINT(マウント取付点)周辺の剛性は、NVH性能に直結します。弾性体モデルを使うことで、単なる結合点としてではなく、取付ブラケットや周辺パネルの局所的なたわみまで考慮した解析が可能になります。

  • 対策への反映: 例えば、「マウントブラケットの剛性を向上させ、局所変形を低減する」といった具体的な設計改善の効果(予測低減量 -0.25 dBなど)を定量的に検証できるようになります。

まとめ

弾性体モデルを導入することで、解析は単なる「部品の動き(機構解析)」から、**「構造の響きやたわみを含めた現実的な振動解析」**へと進化します。これにより、開発の早い段階(ハードウェア製作前)で、車内騒音の目標達成可否を高い精度で判定することが可能になります,。